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中国における「商業賄賂」とは何か―競争法上の観点と外資系企業の対応
By Paul Hastings Professional
ここ数年、中国で外資系企業には商業賄賂による工商局などの官憲の調査が相次いでいる。この商業賄賂という概念、いったいどのようなものであり、どのような法的問題意識から発生したものか。問題を回避するために、外資系企業は何をすべきか。
第1 設例
設例1 某ビールブランドの中国のある地域における総代理店Xはその地域にある酒類販売業者並びにレストラン数社との間にビール販売に関する独占契約を締結し、これらの酒類販売業者やレストランに対して、当該ブランド以外のビールを販売しないことの見返りとして、一定の金銭を支払った。また、大手小売り業者に「入場料」や「販促費」といった名目で金銭を支払い、その小売り業者の売り場において、排他的なビールの販促キャンペーンを実施していた。
設例2 中国の都市部にある大手デパートYは、納入業者から商品を購入し、商品を小売すると取引方法で販売を行っていたが、商品について広告宣伝やキャンペーンを自ら実施するにも拘らず、協賛金を納入業者から徴収していた。
第2 問題意識
設例1にある総代理店Xは有利な取引条件の対価として金銭を支払い、設例2にあるデパートYは協賛金を納入業者に負担してもらうとして、金銭を徴収しているもので、一見ごく普通の商業上の取り決めのように見える。しかし、これらの取引は後述するように中国では商業賄賂として行政罰を受ける可能性がある。実際、設例と似ている事例で行政罰を課された例がいくつか存在する。このように、中国における商業賄賂の概念は歴史的特異性があり、特に民間企業間の商業上の取り決めでも不当な利益の授受と見なされ、賄賂の一類型として認定される可能性がある。そのため、日本法や欧米法の視点から見れば違和感を覚えるだろう。
日本法における賄賂罪の諸規定の保護法益は「公務員の職務の公正とそれに対する社会一般の信頼」とされており
腐敗の防止に関する国際連合条約21条には民間部門における贈収賄について規定が置かれており、民間部門における贈収賄の構成要件の一つとして、収賄者が自己の任務に反して行動すること(breach of duties)が挙げられている。
一方、中国での賄賂に関する規制の対象は、公務員のみならず、一般の民間企業やその従業員も含まれる。とりわけ、行政法上の商業賄賂という概念は、必ずしも職務における忠実義務の違反を要件としておらず、むしろ不当な競争行為の一種として位置づけられている。よって、民間企業間の利益の供与が行政法上の商業賄賂に当たるかを判断する際に、競争法の視点から考察することが必要となる。
中国でビジネスを展開する日本企業及び現地で営業活動をする経営陣にとって、何が適法な商慣行で、何が商業賄賂とされるリスクのある商行為なのかを見極めたうえ、経営判断をする必要がある。具体的には、中国法上の商業賄賂の概念及びその判断基準を理解する必要があろう。
本稿は曖昧さを帯びる民間企業間の利益供与
第3 商業賄賂に関する法規制
商業賄賂という概念
商業賄賂は民間における贈収賄であり、公職者への賄賂と対立する概念であるという誤解が存在するが、それは現行の法律や行政法規レベルにおいて、商業賄賂に関して定型的な構成要件がないことから生じる。商業賄賂とは、商業上の活動において、公正競争の原則に違反し、財物その他の利益を供与、収受することにより、取引機会またその他の経済的利益を獲得、提供する行為
[iii]であり、収受者が公務員、民間企業及びその従業者を含む、広範な概念である。事実や処罰の依拠する法令により、商業賄賂はさらに、①不当な取引行為、②一般的な違法行為、及び③犯罪行為に分類される。①不当な取引行為とは、情状が軽微で、金額が低く、商業道徳や市場規律に違反し、業界の管理機構及び業界団体の関連規定により処理される行為であり、②一般的な違法行為とは、情状が比較的に軽微で、金額が大きくなく、「不正競争防止法」及びその他の法律・法規に違反するが、犯罪にはならない行為で、行政罰の対象に当たるものである。また、③犯罪行為は金額的に大きく、又はその他情状が重い行為で、刑法で処罰されるべきものである
[iv]。商業賄賂に適用のある刑法上の規定
[v]は、会社及び企業の管理秩序を妨害する罪[vi]、及び汚職賄賂の罪[vii]の章に含まれていることから、会社の管理秩序及び職務の不可買性が保護法益であると考えられる[viii]。一方、不正競争防止法の目的が市場経済の健全な発展、公正な競争の奨励及保護、不正な競争行為の禁止等にあることから、不正競争防止法における商業賄賂の保護法益は公正な競争の確保にある。不正競争防止法における商業賄賂の定義及びその本質
現行「不正競争防止法」8条1項には、「事業者は、財物またその他の利益を供与することにより商品
[ix]を販売、又は購入してはならない。帳簿に記帳することなく秘密裏に相手事業者又は個人にリベートを供与することは、贈賄行為として処罰される。相手事業者又は個人から、帳簿に記帳することなく秘密裏にリベートを受領することは、収賄行為として処罰される。」と規定される。ここでいう「帳簿に記帳することなく秘密裏に」というのは、企業会計原則の関連規定に基づき、財務帳簿に正確に記帳しないことを意味する。2016年2月付の不正競争防止法改正草案
[x]には、現行8条1項の代わりに下記のように新たな規定が設けられている。商業賄賂は「事業者が、取引相手又は取引に影響を与えうる第三者に経済的利益を供与し、またはその約束をし、その者をして、事業者のために取引機会又は競争上の優位を獲得させようとするもの」と定義されており、①商業賄賂の受領者は取引相手のみならず、第三者もあり得ること、②利益の供与の約束のみでも商業賄賂を構成すること、③利益供与の目的が取引機会又は競争上の優位の獲得であることが明らかになっており、現行不正競争防止法の関連規定及びその補足規定である「商業賄賂行為の禁止に関する暫定規定」における商業賄賂の定義
[xi]よりも明確である。さらに、不正競争防止法改正草案は、商業賄賂の典型例として、①公共サービスにおいて又は公共サービスに依拠して当該単位、部門又は個人の経済的利益を図るもの、②契約・会計証憑に事実の通り記載しないもの、③取引に影響を与える第三者に経済的利益を供与若しくはその約束をし、他の事業者又は消費者の合法的権利・利益を害するものが挙げられている。商業賄賂の不正競争行為の本質、すなわち、違法な手段により取引機会または競争上の優位を獲得し、市場における公平な競争を阻害することが浮き彫りにされ、競争法の下で商業賄賂を分析・規制するという色彩が一層強くなってきたと評価できる。
第4 不正競争防止法における商業賄賂該当性の判断基準
形式要件:利益供与について契約で明確的に規定され、企業会計原則の規定に従い、帳簿に事実通りに記載したか
不正競争防止法8条2項には、適法な支払について以下のように規定している。「事業者は商品を販売又は購入するときに、明示的方法で相手側に値引きをすることができ、仲介人に口銭を支払うことができる。事業者が相手側に値引きし、仲介人に口銭を支払うときは、その事実どおりに会計処理しなければならない。値引き、口銭の支払いを受けた事業者は、事実どおりに会計処理しなければならない。」
合法的な支払の形式要件は、①明示的方法、即ち契約上明示的に定められる条件、金額、支払い方法で支払うこと、②支払う側も、受け取る側も企業会計原則の規定に従って、事実どおりに会計処理する必要があること、である。帳簿に記載せず、又はその他の名目で会計処理に記載する場合は、不法なリベートの授受として、商業賄賂に認定されるリスクが大きい
[xii]。事例: ある納入業者が小売業者に対して、販売促進奨励金として、利益を供給していた。その小売業者は販路網発展支持費用という名目で納入会社に役務料用の領収書を発行し、利益を受け、帳簿上は、営業外収入として記帳していた。工商局は、当該小売業者は利益を事実どおりの会計処理が欠けているとして、商業賄賂であると認定した。その結果、小売業者と供給会社両方が行政罰を受けた。
注意に値するのは、「会計帳簿に記載せず、黙示的に」
[xiii]とは、不法なリベートを構成する要件であり、他の商業賄賂行為を構成する要件ではないという点である[xiv]。すなわち、事実に即して記帳したとしても、下記のように、別途(特に第三者支払の場合)商業賄賂に認定されるリスクはある。実質要件:取引機会の獲得を目的に、不当な手段で競争者の排除するか
事例I: ある小売業者が納入業者から粉ミルクの陳列費という名目で合計20万元を徴収し、営業外収入として記帳した。工商局は、当該小売業者が関連市場において一定の優越的地位を有し、陳列費は小売が陳列サービスを提供した事実がないのに、陳列費を徴収し、客観的にその他の納入業者による価格、品質等における公平な競争を阻害したとして、商業賄賂を収受したと認定し、行政罰を課した。
この事例において、小売業者の記帳方法の適正については問題視されておらず、にも拘らず工商局は競争法的な分析をしたうえ、商業賄賂を認定したことに注意を払う必要がある。実際に陳列サービスを提供していない小売業者が納入業者から陳列費を徴収するのは不当であり、それにより市場における公正な競争が阻害された結果が生じた場合、商業賄賂と認定されたわけである
[xv]。事例Ⅱ:ある商店は旅行社数社と提携契約を締結し、旅行社及びそのガイドが当該商店にツアー客を来店させ、ツアー客が買い物をした場合、一人につき「人頭費」2元と購入金額の30%から35%の奨励金を提供する旨を約束した。当該商店は、かかる方法により売上金計95万元を計上し、旅行会社及びそのガイドに「人頭費」10万元と奨励金35万元を支払った。工商局は、当該商店は、取引機会を獲得するために、旅行会社に利益を供与し、人頭費や奨励金は、仲介人の役務報酬という性質がなく、商業賄賂であると認定した。
また、「旅行会社又はガイドが商業施設から「人頭費」や「駐車代」等の支払を受ける行為の性質の決定、処理に係る問題に対する国家工商行政管理総局の回答」には、事業者が不当な利益をもって行う取引の誘引を禁じ、事業者による利益誘導の対象が取引の相手方たる事業者あるいはその従業員かまたは取引行為と密接に関連する他人かを問わず、また、そのような利益供与、収受が記帳されたかを問わず、その利益誘導行為が取引獲得目的とするものであり、他の競争者による品質、価格、サービス等をめぐる公正な競争に影響を及ぼす限り、不正競争防止法8条が禁ずる商業賄賂にあたる、と記載されている。
事例Ⅲ:ある自動車ファイナンス会社とディーラーとの間の提携契約書の中に、①ディーラーは顧客に当該自動車ファイナンス会社の自動車ローンを推薦すべきであるが、②顧客がその他の方法で調達した資金で自動車を購入することを禁止・制限しないこと、また③顧客が当該自動車ファイナンス会社からの自動車ローンを受けた場合、自動車ファイナンス会社はディーラーに200元から400元の「サービスフィー」や「販売奨励金」を支払う、と規定されている。また、かかる「サービスフィー」や「販売奨励金」の支払について、ディーラーは官制領収証(発票)を発行し、双方は事実通りに記帳していた。当該ディーラーはその他の金融機関とも提携契約を締結しているものの、報酬をもらっていないという。厦門工商局は、ディーラーが顧客に自動車ローンを推薦できる立場を利用し、奨励金をもらうために優先的にファイナンス会社の自動車ローンを消費者に推薦し、その結果、他の金融機関が提供するローンより利息が30%も高い当該自動車ファイナンス会社の自動車ローンが、当該ディーラーの取引の60%を占めており、当該販売奨励金は市場における公正な競争を阻害したとし、商業賄賂に該当すると判断した
以上の事例から、事実に即して記帳するか否かを問わず、①支払を受ける側は取引に影響を与える立場にあるか(第三者支払の場合のみ)、②支払の合理性、すなわち、受ける側は当該支払を正当な役務の対価として受けたか、および、③当該支払により、市場における公正な競争は阻害されるかなどを総合考慮し、商業賄賂の該当性の有無が判断されるといえよう。
かかる判断基準で冒頭の設例を見てみよう。設例1にある総代理店Xが酒類販売業者、レストラン並びに大手小売業者に支払う「入場料」や「販促費」はこれらの取引相手の提供する正当な役務の対価ではなく、他のビールブランドを排除するために支払であり、この意味で、支払の合理性は認められないと思われる。さらに、当該支払により、他ブランドは関連市場への参入が難しくなり、または関連市場において他ブランドによる価格や品質面の競争が実質上阻害された結果が生じた場合、不当な競争行為として認定されるだろう。
設例2にある大手デパートYは、納入業者との間に売買契約があり、Yは納入業者の商品を購入して転売するので、納入業者のために広告宣伝やキャンペーンを実施しているわけではない。協賛金と当該納入業者の納入する商品に関する広告宣伝やキャンペーンの費用との関連性が必ずしもはっきりしていない場合、納入業者が協賛金を負担する合理性がないといえよう。仮に、小売業者が納入業者に販促サービスを提供する合意があり、販促サービスの方法、対価等を定める契約を締結し、それに基づき、小売業者が実際にサービスを提供し、納入業者はその対価として役務報酬を支払うのであれば、特に問題ないと思われる
[xvi]。また、「売場を貸出する場合、納入業者から商業協賛金、広告宣伝費を徴収する行為の商業賄賂の該当性に対する国家工商行政管理総局の回答」(工商公字[2001]第152号)に、実際に宣伝広告等の行為がなされておらず、広告宣伝費や協賛金という名目で、取引相手に対して契約に定められる商品代金や実際の役務対価以外の経済利益は商業賄賂とみなすと規定されている。このことから分かるように、役務対価の真実性、合理性が重要な考慮要素となっている。
第5 外資系企業の対応策
「2015-**2016中国反商業賄賂調査研究報告」
法執行が活発化し、処罰も重くなる傾向にある一方で、法執行の不透明、行政機関の自由裁量権の大きさ、地方によって法執行の基準のバラツキに困惑している企業も数多く存在する。
このような状況で、外資系企業はいかに商業賄賂を防止、対応するべきか。
社内コンプライアンス体制の構築
中国に現地法人を持っている日本企業は、コンプライアンスをすべて現地任せではなく、現地法制・実務等を理解した上で、コンプライアンス体制の構築について本社が責任を持って対応することが不可欠である。コンプライアンス体制の構築には、以下の施策が検討に値する。①本社に現地法人のコンプライアンスを監督する責任者の設置、②現地法人の商業賄賂・不正競争防止を含むコンプライアンスマニュアルの整備、③現地法人に対して管轄権のある地方工商行政局の商業賄賂摘発例等の集積・検討を行うことによる、法執行の基準や実態の把握、④ビジネス戦略をコンプライアンスの視点からの定期的に再検討すること、⑤定期的に内部や外部専門家によるセミナー・研修制度の実施、⑥リスクの早期発見のために、内部通報制度であるコンプライアンスホットラインの導入、および⑦定期的な社内監査の実施。
特に、本社主導で、商業賄賂の早期発見や防止の視点から内部・外部の専門職による定期的な社内監査の実施が効果的である。当該社内調査には、法務調査と会計調査が含まれる。たとえば、主な業務に関する現行の契約書内容の精査(特に競争制限性のあるようなビジネス上の取り決めが競争法上問題があるかの確認)、契約内容とその会計処理、帳簿の記載内容の整合性調査、第三者への支払について、支払を受ける名義人は契約当事者であること、相手から取引の実態に即した官制領収書の発行の受領の有無の確認、第三者からの支払を受ける場合、帳簿上の記載及び官制領収書の発行の適正性の精査が必要となる。
人事評価制度の見直し
営業最前線に立つ従業員に対する人事評価基準において、営業成績の占める割合を下方調整し、コンプライアンス面の貢献を人事評価の一つ重要な基準として導入することが、多くの場合必要である。中国の外資系企業では、現地の営業チームに遵法意識・インセンティブの向上を図ることが実際になされている。ベンダーに対するデューディリジェンス、反腐敗ポリシーの盛り込み
ベンダーとの間の取り決め及びそれに伴う支払自体が、競争制限的なもので、商業賄賂と認定されるリスクがあることについては、定期的な内部調査における契約書の検討で発見することができる。それと別に、ベンダーに対する支払が第三者への贈賄の資金となったり、ベンダーが契約の履行に関して不正行為をすることも中国では頻繁に見られる。ベンダーを起用する前に、確実に当該業者についてのデューディリジェンスを実施し、遵法意識の薄い企業、または過去にコンプライアンス面で問題が起きた企業を起用しない方針の徹底化が必要である。また、ベンダー用の反腐敗ポリシーを策定し、それをベンダーとの契約に導入し、契約の一部として組み入れ、当該ポリシーへの違反は、契約を即時に解除できる重大違反と規定し、かかる違反に起因する非違反側が被ったすべての損害について、違反側は損害賠償義務を負う旨の規定を置く。
不測の事態に備え、緊急対応時の対処体制の構築
実際上、多くの政府機関による調査の発端は、退職した職員、競争相手、または取引相手の職員からの告発である。係る調査は、事前予告なく、ある日突然に工商局から数名の調査員が訪れ、現場調査と言って、帳簿を含む資料の提出、職員に対するインタビュー等を要求するといった形で行われるケースが多い。このような緊急時において適正に対処ができるよう、調査対象である企業の権利、または対応方法・手順等について事前にマニュアルを作っておくことが有益である。
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