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クライアントアラート

アジアでの仲裁地選定の動向:香港仲裁に優位性はあるか ―国際仲裁手続に関しての中国本土における保全処分制度施行から二年

September 23, 2021

By 新井 敏之,& Kefei Li

はじめに

国際仲裁は、その手続きの柔軟性・迅速性、仲裁判断の中立性・終局性、機密性、クロスボーダーでの簡便な執行可能性といったメリットがあり、紛争解決方法として国際取引の当事者に好まれてきた。当法律事務所では中国本土が絡むクロスボーダー取引の場合、契約書作成の時点から、仲裁地をどこにすべきかについて、日本の依頼者から頻繁に質問を受ける。公平性、利便性、及び中国企業関連案件の取扱い例が豊富であるといった点から、香港またはシンガポールでの仲裁を提案することがこれまでは多かった。

もっとも香港仲裁に限ったことではないが、2019年10月以前は、中国本土以外の仲裁において、仲裁判断が出される前の保全処分(例・財産の仮差押、仮処分など)を中国本土で取得することができなかったため、最終的に有利な仲裁判断が出されても、他方当事者が責任財産を隠匿したり、証拠を隠滅するなどして、仲裁が困難となったり、仲裁判断が執行できなくなるといった事態が存在した。

2019年10月1日に発効した「中国本土と香港特別行政区の裁判所による仲裁手続の保全処分の相互協力に関する取決め」[1](以下、「仲裁保全処分の取決め」という)では、この問題意識を背景に、香港仲裁を利用する当事者に中国の裁判所において保全処分を請求する権利を与えた(中国での仲裁について香港での保全命令も同様に認められる)。これにより、他の国での国際仲裁に比べ、香港仲裁は、紛争解決の実効性が向上し、優位性を示すようになったと評価されている。また、懸念事項である香港仲裁における中国政府の影響についても、現在のところ問題視されていない。

本稿では、「仲裁保全処分の取決め」施行二周年を迎えて、その運用状況と実務における注意事項について検討する。

  1. 仲裁保全処分の取決め」による保全処分申立ての運用実態[2]

2021年9月7日時点で、香港国際仲裁センター(HKIAC)は合計50件の保全命令申立てについて受理書を発行し、その内、財産保全命令申立ては43件、証拠保全命令申立ては2件、行為の保全(仮処分に相当)申立ては1件であり、これらの申立てはすべて仲裁開始後に行われたものとなっている。そのうちすでに32件の保全命令申立てについて、中国の裁判所は決定を下した。32件の保全命令により保全された総資産額はRMB109億元(約17億米ドル)に達している。保全命令申立人のうち、約25%が中国本土、約75%が中国本土以外の当事者である。保全命令申立てが受理されてから裁判所の決定が出されるまでの所要期間は、平均で20日である。

  1. 仲裁保全処分の類型

中国の裁判所が発することのできる保全処分は財産保全、証拠保全及び行為の保全(違法行為の差し止め、現状維持などの仮処分)である[3]。保全処分の申立ては、仲裁手続きが始まる前にもできるが、その場合、保全処分命令が出されてから30日以内に仲裁申立てを行う必要がある[4]。また、仲裁開始後の保全命令申立てより、仲裁開始前の申立てのほうが裁判所の審査が厳しく、この点は、これまでの実例がすべて仲裁開始後の保全命令申立てであることからも裏付けられる。

  1. 保全命令申立ての要件

次の条件を満たす当事者は、管轄権を有する中国の裁判所に保全命令申立てをすることができる。①仲裁地(seat/place of arbitration)が香港で、②仲裁手続きがHKIACなど適格仲裁機関[5]によって管理されていること[6]。従って、上記要件を満たすよう契約書に適切な仲裁条項を規定することが必要である。

  1. 担保の提供

仲裁開始前の保全申立ての場合、担保の提供が必要とされている[7]。一方、仲裁開始後の場合、担保の要否、必要とされる場合、その金額及び方式について各地の裁判所に相当な裁量権があり、申立人の信用状況、案件の具体的な状況に応じて、管轄裁判所と協議することができる。また、財産保全責任保険[8]制度も近年活用されているので、その利用について裁判所と事前に協議することができる。

  1. 管轄権のある裁判所の選択

保全命令申立ては、被申立人所在地、保全対象の財産所在地又は証拠所在地の中級裁判所で行うことができる。管轄権のある裁判所が複数存在する場合、一ヵ所の裁判所にしか申し立てることができない[9]ため、財産の多寡、保全の難易性など以外に、これまで香港仲裁における保全処分命令を出した経験、予想される所要時間など[10]も考慮したうえ、裁判所を選択すべきである。

まとめ

以上のとおり、「仲裁保全処分の取決め」が円滑に運用され、香港仲裁判断の中国本土における実効性が高まった。近時の香港国家安全法の実施を受け、香港は公正な法治や司法の独立が維持できるかという不安の声はあるものの、現時点で、香港仲裁の公平性や信頼性について疑われるような兆しはまだない。今年5月6日に発表された「2021年国際仲裁調査」[11]によると、香港は世界の望ましい紛争仲裁地として3位にランクされ、私法紛争解決システムとしての信頼度は維持されていることが分かる。「仲裁保全処分の取決め」の運用実務から見れば、香港仲裁は、これから中国の絡むクロスボーダー取引の当事者に紛争解決手段としてますます選好されやすい状況となっている。

以上

 


[1]   中国語では「关于内地与香港特别行政区法院就仲裁程序相互协助保全的安排」。

[2]   データは香港国際仲裁センター「中国本土・香港における仲裁保全の取り決め よくあるご質問」を参照。
https://www.hkiac.org/Arbitration/interim-measures-arrangement-faqs#5.%20How%20many%20successful%
20applications%20have%20been%20made%20under%20the%20Arrangement
?
(最終アクセス2021年9月14日)

[3]  「仲裁保全処分の取決め」第1条。

[4]  「仲裁保全処分の取決め」第3条。

[5] 適格仲裁機関はHKIAC、CIETAC、International Court of Arbitration of the International Chamber of Commerce – Asia Office、 Hong Kong Maritime Arbitration Group、South China International Arbitration Center (HK)及びeBRAM International Online Dispute Resolution Centreである。

[6]  「仲裁保全処分の取決め」第2条。

[7]  「民事訴訟法」第101条。

[8] 日本の「支払保証委託契約(ボンド)」制度と類似で、保険会社が財産保全について担保を提供するという制度で、それを利用することで、申立人は裁判所に対して別途担保の提供は不要となる。

[9]  「仲裁保全処分の取決め」第3条。

[10]   2021年9月7日時点で、下記の23の裁判所が保全命令申立てを受理した。北京、上海、深セン、天津、大連、東営、福州、広州、杭州、済南、連雲港、南京、青島、泉州、厦門(アモイ)、煙台、漳州、肇慶、舟山。

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