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クライアントアラート

中国の「反外国制裁法」の成立と外国企業に対する影響 ―取引法の衝突、更に深まる

June 23, 2021

By 新井 敏之,& Kefei Li

外国からの経済等制裁措置に対抗するための「反外国制裁法」が今年6月10日、全人代常務委員会で可決、成立した。新法成立まで通常の3回の審議ではなく、2回のみの審議で、しかも草案に関する意見公募の手続きを経ずに、わずか2ヶ月で可決という異例の速さで成立に漕ぎ着けられた同法の立法趣旨は、中国商務部が2020年9月19日に公布・施行した「信頼できないエンティティリストに関する規定」(以下、「エンティティリスト規定」という。)[1]、及び2021年1月9日に公布・施行した「外国の法律及び措置の不当な域外適用を阻止する規則」(以下、「域外適用阻止規則」という)[2]などの省令と同文脈のものであるが、上位の法律ということで、行政や司法といった面で、外国の制裁措置に対抗し、米国に追随する国を牽制するのにより有力なツールとなると見込まれている。中国でビジネスをする外国企業は、外国の制裁法と中国反外国制裁法との板挟みになり、外国の制裁法に遵守すれば、中国の法律に違反してしまうという窮地に立たされる場面がますます増えることになる。

  1. 重要な条項

中国が対抗措置を取りうる場合

「外国が国際法および国際関係の基本的な規範に違反し、さまざまな口実もしくはその国の法律に基づき、中国に対して抑止・抑圧をし、中国公民および組織に差別的な制限措置を講じ、中国の内政に干渉する場合」[3]、又は、「外国の国家、組織又は個人が中国の主権、安全、又は発展の利益を害する行為実施、又はそれらの行為に協力、支持する場合」[4]において、中国は対抗措置を取る権利を有すると規定されている。

対抗措置の適用対象と内容

上記の「差別的制限措置」の制定、決定もしくは実施に直接または間接的に関与している個人および組織は、ブラックリストに掲載されることがある。[5]さらに、中国の主権、安全または発展の利益を害する行為の実施、協力、支持をする外国の組織や個人も、ブラックリストに掲載される可能性がある。[6]

個人がブラックリストに掲載された場合、その配偶者や親族、当該個人が上級管理職を務め、支配権を持ち、もしくは設立や経営に参画した組織もブラックリストに掲載される可能性があり、組織がブラックリストに掲載された場合、その上級管理者や実際支配者、当該組織が支配権を持ち、もしくは設立や経営に参画した組織もブラックリストに掲載される可能性があるという点で、「エンティティリスト規定」に比べ、ブラックリストの対象が拡大された。[7]

具体的な対抗措置の内容として、上記のブラックリスト対象者に対して「ビザの発給拒否、入国拒否、ビザの取り消しもしくは国外追放」、「中国内の動産、不動産およびその他各種の財産の差し押さえ、押収、凍結」、「中国国内の組織と個人との取引の禁止または制限」などの措置が規定されている。[8]

国内組織と個人が対抗措置を遵守する義務

中国国内の組織や個人は、対抗措置に従う義務がある。[9]ここでいう国内の組織には、外商投資企業や外国企業や組織の中国における駐在員事務所等が含まれる。

国内外を問わず、組織や個人が外国による差別的制限措置に従わない義務

同法第12条には、「いかなる組織や個人も、外国が中国の公民や組織に対して採った差別的な制限措置の実行、その実行の協力をしてはならない。前項の規定に違反して、中国の公民や組織の合法的な権益を侵害した場合、中国の公民や組織は人民法院にて訴訟を提起し、侵害行為の停止、損害賠償を請求することができる」と規定されている。これは、外国企業に大きな影響を与えうる条文であり、特に注意が必要である。

商務部の「域外適用阻止規則」第9条[10]にも同じ趣旨の規定が置かれてあるものの、外国企業や個人を対象とするかについて必ずしも明確ではなかった。ところが反外国制裁法により、外国企業や個人が射程範囲に含められることが明らかになった。また、「域外適用阻止規則」第9条は、商務部による外国の不当な域外適用法や措置に対する禁止令の公布が前提条件となり、禁止令について、国内企業には適用免除制度が用意されている。さらに、「域外適用阻止規則」は省令であり、裁判所はそれを参照できるが、それだけに依拠して判決を出すのは難しいということもあり、実務上の運用は想像より容易ではないと考えられる。

一方、反外国制裁法は、これらの前提条件や適用免除制度が設けられていないし、省令より上位の法律であり、裁判所判決の根拠となるため、「域外適用阻止規則」第9条より適用範囲が広い。より注意が必要なゆえんである。

  1. 設例

日本企業X社は中国大手通信企業A社と長年の取引関係にある。X社とA社との取引契約書の中には、相手側による米国その他の国の輸出管理規制への不遵守や経済制裁措置の対象となった場合は、自社の契約上の債務を履行しないことができることや契約解除事由を構成するとの定めがある。今般、A社は米国OFACのSDNリスト(List of Specially Designated Nationals and Blocked Persons)に掲載された。これを受け、X社は取引契約書における不履行免責と解除権の条項に基づき、A社との一切の取引を中止し、契約を解除する旨をA社に通知した。

X社は反外国制裁法上どのようなリスクがあるか。

      1. 中国政府に制裁されるリスク

A社に対する制裁措置が「差別的制限措置」又は中国の主権、安全、又は発展の利益を害する行為であり、X社による一方的な取引中止が当該「差別的制限措置」の実施に直接または間接的に関与するもの、又は中国の主権、安全、又は発展の利益を害する行為への協力であると判断される場合、X社はブラックリストに載せられ、中国内における資産の差し押さえや凍結、中国国内企業との取引が禁止または制限されるリスクがある。

      1. 中国の裁判所でA社に提訴され、損害賠償が請求されるリスク

「反外国制裁法」第12条により、X社が一方的に契約を解除する場合、A社は中国の裁判所で、不法行為という請求原因でX社を提訴することが可能となった。その場合、取引契約書における不履行免責や解除権の条項は、中国の強行法規への違反として、無効とされ、抗弁を構成しないと考えられる。

ただし、実務上いくつかの検討すべき問題点がある。

①      当事者間の取引契約に、外国法を準拠法、外国仲裁を紛争解決方法とする合意が存在する場合、裁判所はそれを無視して、管轄権を行使することができるか。

仮にX社とA社との取引契約書にシンガポール法準拠、シンガポール仲裁という合意がある場合、裁判所は、A社の請求原因が契約違反ではなく、不法行為なので、不法行為の結果発生地にある中国の裁判所に管轄権がある[11]とし、当事者間の仲裁合意を無視することができるかという問題がある。

これまでの最高裁判所の判例[12]や意見[13]を見ると、当事者間で、契約に起因し、又は契約に関連するすべての紛争が仲裁で解決する旨の有効な仲裁合意がある場合、契約の成立、履行又は解除に関連する紛争について、不法行為という請求原因で裁判所に訴訟を提起しても、裁判所は管轄権を有しないというのが一般的な原則となっている。これは国際的にみても、実務的にも穏当な見解といえよう。

よって、裁判所はX社とA社との間の仲裁合意を無視して、管轄権を行使すれば、最高裁判所が確立した上記の原則と矛盾してしまうことになる。第12条が実際にどう運用されるかについて、これからの最高裁判所の司法解釈や判例との整合性に注目すべきである。

②      中国の判決は日中間で協定不在なため日本で強制執行できないので、日本法人X社を提訴する実益はあるか。

仮にA社が中国裁判所で日本法人X社を損害賠償の訴訟を提起し、勝訴した場合、当該判決は日本で強制執行できないものの、X社が中国において強制執行可能な資産、例えば駐在員事務所、中国で設立される会社における持分や株式、中国における知的財産権、中国における第三者に対する期限到来の債権等があれば、これらの資産が凍結・強制執行される可能性がある[14]

③      「差別的な制限措置」とは何をもって判断するか

差別的な制限措置の具体的な定義が定められていないので、それを解釈する実行細則や最高裁判所の司法解釈が出るまで、裁判所は案件を受理したとしても、簡単に判決を出せるとは考えにくい。一つの可能性として、「域外適用阻止規則」における商務部の禁止令に準拠し、禁止令に記載される不当な域外適用とされる外国の法律や措置を差別的な制限措置とするという運用方法があると見込まれている。ただし、そうすると、商務部の禁止令が出るまでに、民事的司法救済制度が機能しないことになる。いずれにしても、現状では状況が不透明である。

以上を総合すると、今後の発展を見る必要はあるものの、本法律はその存在自体に威嚇効果が期待されているといえ、実際のエンフォースメントへの道のりはさらに模索されていくことになると思われる。米中の取引法の衝突において、米法は当然に強制力を前提にして機能するのに対し、中国法はまずは外国に対抗するためのメッセージングのためにとりあえず制定されるとも評価できるだろう。それは米中で法律は何のためにあるか(救済のためか、威嚇のためか)、誰がそれを運用するのか(裁判所か、共産党か)という根本問題に関連している。

  1. 外国企業の対策

反外国制裁法は諸刃の剣で、一旦発動されると、中国市場が外国投資家に敬遠されるのは必至で、今の段階で当該法律はプロパガンダに過ぎず、しかも、運用上不明確なところが多く、具体的な実施細則・司法解釈が公布されない限り、それにより対抗措置が発動される可能性は高くないという見方もないわけではない。とはいえ、中国でビジネスをする外国企業にとって、これから実施細則・司法解釈の動向や実際の運用に注目しながら、コンプライアンスの観点から、下記のような対策を検討すべきだろう。

      1. 契約上の手当を整備

取引契約に、適用される(例えば米国の)輸出規制や経済制裁法の遵守義務、不遵守による補償義務を通常規定するがその際、一方当事者が不遵守があるか、又は適用される法律により制裁対象と指定される場合、①他方当事者の不履行の免責や契約解除できる権利といった条項を盛り込み、さらに、②契約に起因し、又は契約に関連するすべての紛争は外国法・外国仲裁によるとの旨の仲裁合意をすること。

「反外国制裁法」第12条は強行法規であるため、設例にあるX社はシンガポールで自社に有利な仲裁判断を獲得したとしても、中国で執行する必要がある場合、当該仲裁判断は中国の公共利益へ違反とし、承認・執行されないのではないかという懸念がある。ただし、中国の強行法規に違反する外国仲裁判断は、当然に公共利益への違反になるわけではない(この問題は公序良俗違反とは概念的に異なる)。中国の最高裁判所は、公共利益への違反という理由で外国の仲裁判断の承認・執行を拒否することについて、慎重な姿勢を示している[15]。米国輸出規制や制裁法に従い、中国企業と取引を中止することが、中国の国家安全や社会公共安全を脅かす場合、公共利益に違反すると認定する可能性はないわけではないが、それは取引の内容、性質、中国企業の属する業界、当該取引が中国企業対する重要度などにより、ケースバイケースの判断になるだろう。

よって、紛争解決が外国法・外国仲裁によると契約上合意することで、外国当事者にとって一つの実際的な防御手段となるだろう。

      1. 中国法上のリスクを意識しながら、米国などの国の輸出規制や制裁法にオーバー・コンプライアンスにならないよう注意する

取引相手企業が米国などから制裁を受けると、当該制裁措置の要件や範囲をよく検討せず、すべての取引を直ちに取りやめるというような過剰な反応をしてしまう嫌いがあるが、その場合、中国法に違反するリスクが高くなるので、取引の対象や内容、米国との接点があるか否かをよく検討して、米国法上リスクの高い取引を取りやめ、リスクが低い取引は、検討の上(あるいは現実的なヘッジをしたうえで)継続するというやり方は対策となると思われる。

      1. 取引前のデューディリジェンスがとりわけ重要

新規取引相手と契約する前に、米国などの輸出管理や制裁法上のリスクという観点からデューディリジェンスを行い、リスクが高い相手とは最初から契約をするか慎重に検討すること。

これらの対策を講じることでリスクをすべて払拭できるわけではないが、ある程度軽減することができるのではないかと思われる。いずれにせよ、反外国制裁法の実務は今後発展するわけであり、その内容を時宜を得て正確に理解し、対応することが必要である。

以上

 

[1] 「信頼できない法主体リストに関する規定」に関する検討は、当職らによる2020年 10 月 27 日付のクライアントアラート「『目には目を』の米国以外の多国籍企業への射程距離―中国型ブラックリストの法的枠組みとその影響」を参照されたい。

[2] 「外国の法律及び措置の不当な域外適用を阻止する規則」に関する検討は、当職らによる 2021 年 2 月10日付のクライアントアラート「中国版「外国法令域外適用ブロッキング規則」の発効―日本企業に対する影響を探る」を参照されたい。

[3] 「反外国制裁法」第 3 条。

[4] 「反外国制裁法」第 15 条。

[5] 「反外国制裁法」第 4 条。

[6] 「反外国制裁法」第 15 条。

[7] 「反外国制裁法」第 5 条。

[8] 「反外国制裁法」 第 6 条

[9] 「反外国制裁法」第 11 条

[10] 「域外適用阻止規則」第 9 条:当事者が禁止令の対象である外国の法律や措置を遵守して、中国の国民、法人あるいはその他組織の合法的な権益を侵害した場合、中国の国民、法人あるいはその他組織は法に基づいて、人民法院に訴訟を提起し、当事者に損害賠償を請求することが出来る。但し、当事者が本規則の第八条の規定に従って適用免除を取得している場合を除く。

禁止令の対象である外国の法律に基づき下された判決・裁定が中国の国民、法人あるいはその他組織に損害をもたらした場合、中国の国民、法人あるいはその他組織は法に基づいて、人民法院に訴訟を提起し、かかる判決・裁定により利益を得た当事者に損害賠償を請求することが出来る。

[11] 民事訴訟法第 265 条。

[12] 例えば、 (2012) 民申字第 178 号

[13] 最高裁判所が 2005 年 12 月公布した「第二回全国渉外商事海事裁判業務会議紀要」第7条。

[14]「人民法院執行工作の若干問題に関する最高人民法院の規定(試行)」(法釈 [2020] 21 号)第 35 条、第 37-39 条、第 38条、第 45 条。

[15] 例えば (2003) 民四他字第 3 号。

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