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クライアントアラート

EU企業結合ルールの抜本的変更となる追加的制度―欧州委員会への追加審査請求制度と外国補助金受益者の 届出・承認取得義務

June 01, 2021

新井敏之

2014年より欧州委員会の競争委員会長官で、2019年より欧州委員会(European Commission)副委員長を務めるマルグレーテ・ベスタガー氏の下、注目すべき競争規制制度の改革が企図されている。本稿ではそれらのうち、(1) 2021年3月26日に公表された欧州連合合併規則(EUMR)第22条の適用に関する新たなガイダンスと、(2) 2021年5月5日に公表されたEU域外国の補助金(foreign subsidies)の受益者に関する新しいEU規則を紹介する。

  1. 2021年3月26日に公表された欧州連合合併規則(EUMR)第22条 の適用に関する新ガイダンス(以下、「ガイダンス」)

このアプローチの変更の趣旨:

  • 伝統的にEUでは、米反トラスト法(クレイトン法)に基づく届け出によって合併や支配取得に当たらない少数資本参加なども届出対象とする米国と異なり、合併または企業支配の取得を企業あるいは市場の「集中化(concentration)」になるかについて規制する。

欧州委員会への照会(referral)のための要件:

  • (i)EU Member State (EU MS)間の貿易に影響を与え、(ii)要請したEU MSの領域内での競争に著しく影響を与える惧れがある市場の「集中」が発生すること。
  • 1つ目の要件は、EU域内で国境を越えた活動を行っている企業だけでなく、「研究開発プロジェクト」や「知的財産権」が「EU域内の複数の国で商業化される可能性がある」企業も満たすことができる(ガイダンス、§14)。これらの基準は、極めて広汎である。
  • 2つ目の要件を疎明するために、各国の競争当局は、歪みのリスクがあることを示す一応の証拠(prima facie evidence)を提出するだけでよい。関連する(網羅的ではない)考慮事項には、「関係する事業の1つの支配的な地位の創出又は強化、最近又は将来の参入者の排除又は2つの重要な革新者の合併を含む重要な競争力の排除、競争者の参入又は拡大をより困難にすること、供給又は市場へのアクセスを妨げることを含む競争者の競争能力及び/又は動機の低減、又は結束、組み合わせ、その他の排除的慣行により、ある市場から別の市場へ強力な市場での地位を活用する能力及び動機」が含まれる。(ガイダンス、§15)
  • 欧州委員会が言うように、この「純粋に例示的なリスト」は、市場占有率のテスト(支配力の基準)と取引価格のテスト(対価の価値)を組み合わせた新型のものであり、より広範に、EUMRには現存しない条件を追加しているように思われ、それに異議が唱えられる可能性がある。

欧州委員会への照会権者:

  • EU及びEEAの国内競争当局。欧州委員会は、国内競争当局に照会を依頼することもできる(ガイダンス、§26)。
  • 各国競争当局と欧州委員会は、「案件を照会するかどうか、または照会を受け入れるかどうかを決定する上で、それぞれかなりの裁量権を保持している」(ガイダンス、§14)。これは本件改正により精緻に反競争的取引を探査するという本質を言い当てている。

買収取引への実務的影響:

  • 照会請求は、M&A取引に大幅な遅れをもたらす。照会手続きには、合計で40営業日かかることもある。企業は、契約中の停止条件の起案や交渉、計画プロセスにおいて、このことを考慮しなければならない。40営業日が経過しても欧州委員会が決定を下さない場合、欧州委員会は「集中を審査する決定を採択したものとみなす」(ガイダンス、§26-30)とされている。
  • また、欧州委員会は、この制度を第三者が照会することにより益する場合でも利用できる(ガイダンス、§25)。いわば競争者が買収を阻止するために紹介する手段である。このような申立ては増加するだろう。

介入のタイムフレーム

  • 介入のための明確なタイムフレームは定められておらず、欧州委員会は「集中」が公開されていることを前提に、「集中の実施後6か月以上経過している場合には、一般的に照会は適当ではない」としている。(ガイダンス、§21)。しかし、「例外的な状況」(ガイダンス、§21)では、より遅い時期に照会を行うこともできる。
  • クロージングの前に、欧州委員会が合併当事者に照会要求がなされたことを通知した場合、取引停止義務が発効し、その後欧州委員会が集中排除の審査をしないことを決定した場合にのみ、取引停止義務が解消される(ガイダンス§31)。
  1. EU域外国の補助金制度の受益者に関する新しいEU規則(外国補助金規則)
  • 2021年5月5日に発表された、「外国からの補助金」(広義にはEU域外の政府から与えられる優越的な経済的利益)によってEU市場に生じる「歪み」に対処するための新しいEU規則が提案された。 この新規則は、2021年末までに採択され、2022年に施行される予定である。

規制の概要

  • 新規則は、EU域内で収益を上げている多国籍企業が、EU域外の公的機関から外国の補助金を受領している場合に適用される、欧州委員会による監視、強制のメカニズムを定めており、場合によっては、収益や過去3年間に受けた外国の補助金の額に基準値を設けている。 違反した場合は重い罰金が科せられる。  新規則の対象となるのは、多国籍企業が行う経済活動の広範な範囲を網羅する3つのケースである:
  1. 欧州委員会が、随時、自らの問題意識で、EUで事業を行っている多国籍企業に外国の補助金が付与されており、そのような補助金がEU市場での競争に明白に歪んだ影響を与えていると信じるに足る理由がある場合。
  2. 企業がM&A取引(合弁企業を含む対象企業の単独または共同支配権の取得)を行おうとする場合であって、(i)提案されている取引の当事者(グループレベルでは、EUの法律用語で「企業(undertaking)」と呼ばれるもの)のいずれかが、EU域内での活動で活発な存在であり(EU域内で5億ユーロ以上の収益を上げている)、かつ、(ii)その当事者(グループ)が過去3年間にEU域外の公的機関から累積で5,000万ユーロ以上の補助金を受領していることを条件とする。
  3. 企業がEU域内の2億5千万ユーロ以上の公共調達手続きに入札し、グループレベルで外国からの補助金を、金額の如何にかかわらず受領している(またはその主要なサプライヤーや下請け業者が受けている)場合。
  4. 経験的には、これらの基準値を満たす中国、米国、EU、日本の多国籍企業は数多く存在する。 新規則に定められた通りに規制が発効すると、要件を満たす多国籍企業は、大小にかかわらず、世界中のどこかで実現するすべての買収について、完了前に届け出て許可を得ることが必要となり、これに違反した場合には罰金が科せられ、欧州委員会による摘発の対象となる。
  • これまでの 国家補助に関するEUの規則は、手続き上の問題として、企業そのものではなく、EU加盟国に向けられていた。これに対して、 新規則は、この点で画期的で、外国政府ではなく、直接企業に向けられている。 欧州委員会は、反競争的なカルテルの疑いに対して持っている広大な調査権限を、外国の補助金の分野にも準用する。これには、IT専門家を含む欧州委員会の職員チームが予告なしにこの点を調べるために企業を訪問し、特に企業のITシステムにある情報を使って証拠を探すために現地調査を行う、いわゆる「明け方の突発的捜索」(”dawn raid”)を行う権限も含まれる。
  • 違反した企業、あるいは不正確または不完全な情報を提供した企業は、年間総収入の1%を上限とする行政罰金(グループ全体のレベルで計算)と、定期的な非遵守罰則の支払い(グループレベルで日々の収入の5%を上限とする)を受けることになる。
  • 新規則の基準値の技術的な不備は、対象企業の規模や事業を行っている場所に関係なく、買収者だけの要件で基準を満たすことにある。例えば、中国の多国籍企業が中国の辺地にある中小企業を買収しても、①その多国籍企業がグループとしてEUに拠点を持ち、②必要な量のEUの収入を生み出し、③基準値を超える外国の補助金を受け取っていれば、新規則の対象となる。それは何でも非常識ではないかとすでにコメントされている。
  • 外国の補助金に関する正式な調査の後、欧州委員会は決定を下す。 是正確約命令や是正措置要求(補助金返済命令にまで至ることもある)を出すためには、欧州委員会は以下を証明しなければならない:
  1. 受益者に帰属する外国の補助金の存在
  2. 直接的な結果としてのEU市場での競争への影響
  3. 「関連する経済活動の発展についての積極的効果」の不在(the lack of “positive effects on the development of the relevant economic activity”)
  • 三つ目の要件は、欧州委員会に潜在的な案件評価の認定においてかなりの自由度を与えている。 欧州委員会は、取引後の売却命令を含む救済措置を命じる権限を持ち、また、M&A取引に関連して外国の補助金が交付された場合には、その取引の解除をさせる権限を持つ。
  • この規則案は現在、8週間にわたって関係者からのフィードバックとコメントを募集している。

以上

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