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欧州委員会が企業結合審査ガイドラインの草案を公表: ディールメーカーが押さえておくべきポイント

May 05, 2026

By Salomé Cisnal De Ugarte,Sally Evans,Camille Paulhac,Fiona Constant-Lotz,Sophie Entwisle,Ankita Gulatiand Melissa Hui

2026年4月30日、欧州委員会(以下「委員会」)は、かねてより注目を集めていた企業結合審査ガイドラインの草案(以下「本ガイドライン案」)を公表いたしました。本草案は、2026年6月26日までパブリックコメントに付されています1。正式に採択された暁には、本ガイドライン案は、2004年の水平的企業結合ガイドラインおよび2008年の非水平的企業結合ガイドラインに代わる単一の文書となり、企業結合の形態(水平的/非水平的)ではなく、競争阻害理論(theories of harm)に基づいた指針を提供するものとなります。本ガイドライン案は、委員会が適用する主要な法的な基準(「有効な競争の著しい阻害」基準 “significant impediment to effective competition” test (SIEC))を変更しようとするものではありません。そうではなく、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が指摘するように、「激化するグローバル経済の現実に即し、欧州の競争力を高めつつ、投資家が欧州において最も重視する予測可能性と確実性を維持すること」を目的としています。

  1. 背景

EUの企業結合審査ガイドラインの見直しは、過去20年間にわたり交錯してきた政治、産業、政策に関するさまざまな力学が結実したものです。

重要な転機となったのは、2019年のシーメンス/アルストムの統合禁止です2。この一件により、「現在のEUの企業結合審査制度は、世界市場で(とりわけ中国の国家支援を受ける企業と)互角に渡り合える『欧州のチャンピオン(域内を代表する巨大企業)』の台頭を後押しするには、制度として限界がある」という認識が広がりました。これを契機として、同制度の枠組み改革を求める政治的・組織的な圧力が一気に高まることとなりました。

それ以降、こうした議論は、影響力のある政策提言によってさらに後押しされてきました。とりわけ、エンリコ・レッタ氏による単一市場の将来に関する報告書3や、マリオ・ドラギ前欧州中央銀行総裁が2024年9月に発表した『欧州の競争力の将来』に関する報告書(いわゆる「ドラギ・レポート」)4がその代表例です。両報告書はいずれも、競争法の執行を、イノベーションやレジリエンス、戦略的自律性といった、より広範な産業政策の目標と両立させる必要性を指摘しています。/p>

  1. ドラギ・レポートの影響

ドラギ・レポートは、早急な対応が必要な領域として以下の3分野を特定しました。すなわち①EUと米国・中国との間で拡大するイノベーション格差への対処、②競争力の強化および成長と並行した脱炭素化の加速、③安全保障の強化と他国への依存の軽減です。同レポートにおいて、競争政策は、EUがこれらの課題に対処する上で改革すべき規制手段の一つとして明確に位置付けられました。

具体的にドラギ・レポートは、「当局が、競争がイノベーションのインセンティブに与える影響をどのように評価するのか」、および「統合当事者が、当該取引によって自社のイノベーション能力とインセンティブが向上することを証明するために、どのような証拠を提示できるのか」を明記したガイドラインへの改定が必要であると説いています。その上で、事後的なモニタリングを伴う明示的な「イノベーションの抗弁(innovation defence)」を制度に組み込むように主張しました。また、企業結合審査において「イノベーションと将来の競争」を実質的に重視し、市場シェアに偏重した分析から脱却するよう強く求めています。さらに、戦略的に重要なセクター(宇宙、防衛、エネルギー、安全保障など)の取引については、独立機関が安全保障およびレジリエンスに関する評価を行い、その結果を「追加的な公益」の要素として競争分析に組み込むことも提案しています。

  1. 欧州におけるM&A(ディールメイキング)への影響

本ガイドライン案は、ディールのプランニングにおいて極めて実践的な指針となります。その対象範囲は包括的であり、委員会が適用する競争阻害理論と、当事者が満たすべき証拠の基準が明確に示されています。本ガイドライン案は、効率性、競争の非価格的パラメータ、動的な市場に関するガイダンスを拡充しているほか、AIやアルゴリズムによる価格設定といった新しい分野に関する新たなトピックも導入しています。改定された本ガイドライン案は、有用で明確なガイダンスを提供していることから、EU域内のみならず、EUの実務に追随する世界中の多くの競争法管轄区域のディールメーカーにとっても、重要な参照基準となる可能性が高いと考えられます。

本ガイドライン案の公表に伴う、フォン・デア・ライエン委員長の「我々は、欧州の次世代のチャンピオンを生み出す環境を構築しなければならない」という声明もまた、重要な意味を持ちます。これまでEUは、こうした(産業政策的な)考慮事項を企業結合審査に反映させることを強く拒み、他の公益的な要素を排除して、もっぱら消費者に不利益をもたらすかどうかの評価に厳格に焦点を当ててきました。しかし今や、EUにおいて企業結合の承認を得るために、特に「規模の経済性」や「供給の安全保障」に関連する主張など、より幅広い主張を展開する道が開かれています。欧州を拠点とする企業の中には、本ガイドライン案を検討し、自社の企業結合が承認される見通しが高まったと受け止める企業もあるでしょう。

本ガイドライン案には地政学的な要因が大きく影響していることは明らかですが、欧州企業を保護する意図が公に認められた点は非常に興味深いです。委員会は、域内企業(とりわけグローバルな舞台で競争に直面している企業)を支援するという姿勢を堂々と示しています。今後注目されるのは、この動きが、EU域内の資産買収を目指す非欧州企業にとって不利に動くかどうかという点です。

  1. 改定の主要なテーマ
    1. 市場支配力

高い市場シェアが引き続き厳しい審査の対象となる一方で、本ガイドライン案は市場支配力を評価するためのより構造化された指標を導入しています。委員会は、依然として有用な初期指標である市場シェアに加え、市場支配力を評価する際に、統合企業およびセクターの「利益率」、顧客や競合他社の価格感受性、および参入障壁も考慮することになります。また、本ガイドライン案は「動的な競争のポテンシャル(dynamic competitive potential)」という新たな視点も導入しています。これには、市場シェアにとどまらず、研究開発(R&D)、特許ポートフォリオ、パイプライン製品、重要なデータや技術へのアクセスなどを検討することが求められています。競争評価には、投資競争の喪失、イノベーション競争の喪失、隣接分野での買収による支配的地位の強化なども含まれるようになります。

    1. 効率性と新たな「利益理論(Theory of Benefit)」

本ガイドライン案は、EUの企業結合審査における効率性の役割を大幅に明確化し、その重要性を高めています。統合当事者に対して、特定の効率性がどのように有効な競争を促進するかを積極的に提示し立証するよう促す一方で、証拠要件のハードルも引き上げています。本ガイドライン案は、より幅広く将来を見据えた効率性の概念を反映していますが、引き続き慎重な利益衡量のアプローチを採用しており、効率性が企業結合審査に有意義な影響を与えるには、確固たる証拠が求められます。

本ガイドライン案は、新たな「利益理論」を導入しています。これは、通常、既存の事業の統合から生じる伝統的または「直接的」な効率性について、より詳細に整理するものです。さらに、本ガイドラインは「動的」な効率性にも重点を置いています。これには、投資、イノベーション、新製品開発のインセンティブと能力の向上、新技術の迅速な展開、リスクの高いプロジェクトや長期プロジェクトにおける資金調達能力の向上などが含まれます。これらは、デジタル市場、製薬、ハイテク産業などの変化の激しいセクターにおいて特に関連性が高いものの、本質的に不確実性が高く、定量化が困難です。また本草案は、これらの効率性が単なる内部的な利益にとどまらず、最終的にはイノベーション、品質、価格効果など、ユーザーにとってのメリット(成果)の向上に結び付くものでなければならないと強調しています。

重要な点として、今回の枠組みには、EUより広範な政策目標を反映し、レジリエンスやサステナビリティに関連する効率性が明示的に組み込まれています。レジリエンスのメリットには、サプライチェーンの強靭化やショックへの耐性の向上が含まれる一方、サステナビリティのメリットには、排出量の削減、エネルギー効率の向上、循環型経済の改善などが含まれ得ます。さらに委員会は、サステナビリティの目標に関連して、効率性が場合によっては直接の消費者や直接的な関連市場を超えて広がる「集合的利益」を生み出す可能性があることを認めています。

同時に、証拠や分析に関するハードルは依然として高いままです。すべての効率性は、企業結合に特有のものであり、検証可能で、消費者に利益をもたらす可能性が高く、取引との明確な因果関係があることが求められます。また、企業結合が著しい市場支配力や支配的地位をもたらす場合、効率性によって悪影響を相殺できる可能性は低くなるという認識も示されています。タイミングも重要な焦点であり、長期的にしか発生しない効率性については、より直接的な競争上の悪影響と慎重に比較考量されることが明確にされています。利益の発生が遅れる、あるいは不確実である場合、特にそれが推測の域を出ない将来の動向に依存している場合には、通常、その価値は割り引かれます。

    1. イノベーション・シールド

本ガイドライン案は、変化が速く、イノベーション主導の市場やデジタル市場における企業結合を審査するための委員会の審査手法を大幅に強化しています。また、企業結合がイノベーション競争、投資競争、あるいは潜在的な競争を減少させる可能性があるかどうかを評価するための、より発展した枠組みも提供しています。これは、製薬や農薬といったセクターで見られる典型的なパイプラインの重複に限定されません。草案は、イノベーションのプロセスが定型化されておらず、将来の製品開発の見通しを立てることが難しい市場も含め、デジタル、テクノロジー、R&D主導のより幅広い市場を捉えられるよう、包括的に作成されています。

さらに委員会は、動的な競争のポテンシャルを持つ革新的な小規模企業、スタートアップ、あるいはR&Dプロジェクトを対象とする特定の買収について、「イノベーション・シールド」を導入しています。小規模なイノベーターの買収の多くは、無害または競争を促進するものであると委員会が認識している点は、実務上も非常に有益です。こうした買収は、資金、規模、流通網、技術サポート、または商業化の能力を提供し、対象会社のイノベーションを単独で展開するよりも効果的に発展させる可能性があります。しかしながら、このシールドの適用には一定の条件が設けられています。これには、当事者間の現在または予想される重複の状況、関連市場やイノベーション領域における当事者の地位、および類似のR&Dやイノベーション・プロジェクトを独自に進めている他の企業の存在などが含まれます。

具体的には、本ガイドライン案に基づき、以下の条件を満たす場合にはイノベーション・シールドが適用される可能性が高くなります。

(1) 対象会社の動的な競争のポテンシャルが、買収側との実際の競争上の重複としてまだ顕在化していないこと

(2) 関連市場やイノベーション領域において、いずれの当事者も著しい市場支配力を有していないこと

(3) 他の企業が類似のR&Dやイノベーション・プロジェクトを独自に進めていること

(4) 将来の潜在的な競合他社を排除するような取引構造になっていないこと

(5) 買収側が、当該買収によって対象会社の独自の開発プロセスが代替されるのではなく、むしろ促進されることを証明できること

イノベーション・シールドの適用を求める当事者は、届出資料の中でこれらの各基準に明確に言及する必要があります。

    1. テクノロジーと動的>競争

本ガイドライン案は、エコシステムやプラットフォームの事案に対する委員会の審査手法を精緻化しています。当事者が現在近い競合関係になくとも、買収によって買い手がデータ、技術、知的財産(IP)、インフラ、顧客へのアクセス、流通チャネル、また補完的な製品といった資産をコントロールできるようになり、結果としてライバル企業の参入、拡大、または効果的な競争が困難になるという理由で、当該取引が競争上の懸念を生じさせる可能性があります。

最後に、本ガイドライン案は、AIやアルゴリズムによる価格設定を、協調的効果の枠組みの中に明示的に組み入れています。委員会は、価格設定技術やアルゴリズム・ツールが市場の透明性を高め、通常であれば複雑に見える市場であっても、企業が互いの行動を監視しやすくなる可能性があることを認識しています。

  1. 審査ツールキットのその他の改定点
    1. ポートフォリオ効果と商業上の機密情報

本ガイドライン案は今回初めて、ポートフォリオ効果に関する専用のセクションを設けました。これは、同一の顧客層に対して販売される補完的な製品を組み合わせる企業結合が、水平的または垂直的な重複の有無にかかわらず、懸念を引き起こす可能性があることを認識するものです。多角的な製品ポートフォリオを有する取引当事者(特に消費財、デジタル市場、テクノロジー分野)は今後、ポートフォリオ効果を二次的なものではなく、主要な競争阻害理論として位置づけて検討すべきです。

これとは別に、本ガイドライン案は垂直的な取引における商業上の機密情報の交換に関するガイドラインも拡充しています。統合企業が価格設定、コスト構造、顧客データなどライバル企業の機密情報にアクセスできるようになった場合、完全な市場閉鎖を立証せずとも、それ自体が独立してSIECの認定根拠となり得ます。これは、大量のデータを伴う買収や、サプライチェーンにおける垂直統合において特に留意が必要となります。

    1. 立証責任、立証基準および証拠

本ガイドライン案は、EUの判例法、とりわけDeutsche Telekom事件(2024年11月)およびCK Telecoms事件(2023年7月)の判決に沿って、立証責任と立証基準(証明度)を明示的に成文化しています。委員会は、企業結合が有効な競争を著しく阻害することを「十分に説得力があり一貫した一連の証拠」に基づいて立証する責任を負いますが、すべての事案において消費者への悪影響を具体的に立証したり、定量化したりする必要はないことが再確認されています。一方で、統合当事者は、自らが主張する効率性について立証責任を負います。

また本草案は、内部文書、経済データ、第三者からの提出物、市場参加者の見解など、委員会が企業結合審査において依拠する証拠の種類や重みを明確にし、証拠の信頼性、証明力、および相対的な証拠価値の序列についても言及しています。

    1. 国益の保護

本ガイドライン案は、加盟国がEU次元(EU規模)の企業結合に対して正当な利益を保護するために、EU企業結合規則(EUMR)第21条(4)に基づき講じ得る措置について、体系的なガイダンスを提供しています。同規定をめぐっては、過去に法的な不確実性や加盟国間の実務のばらつきが生じていました。

EUMR第21条(4)は、EUの企業結合に関する委員会の専属管轄権に対する限定的な例外を設けるものです。これにより加盟国は、(この特権を産業政策や経済保護主義の隠れ蓑として利用することは禁じられつつも)競争以外の理由に基づき、承認済みの企業結合に介入したり、追加の条件を課したりすることが認められています。今回、このような体系的な枠組みが盛り込まれた背景には、VIG/AEGON CEE事件やUniCredit/Banco BPM事件で露呈した執行上のギャップがあります。これらの事案において、委員会は各国の介入を、比例原則に反しておりEUMRに基づく専属管轄権の枠組みと相容れないとして異議を唱えていました5

本ガイドライン案は、加盟国の加入を正当化し得る「認められた利益」の限定的な範囲を定義しており、「公共の安全、メディアの多様性、および健全性規制(プルーデンス規制)」を明示的に認め、加盟国が事前の届出なしにこれらに基づいて行動することを許可しています。その他の公益(例えば、不可欠なサービスの提供の保護など)を追求する措置についても正当とみなされる可能性はありますが、実施前に委員会に通知し、承認を得る必要があります。また、これらの措置には引き続き、比例原則や非差別の要件、およびEU法の原則や規定との適合性が求められます。

  1. 今後の見通し

最近のAirbus/Air France事件は、とりわけ効率性の主張に関して、本ガイドライン案が今後の実務においていかに重要となるかを、先取して示すものとなりました。同決定では、「本件取引は詳細な調査を必要としなかったため、[委員会は]これらの効率性について結論を出す必要はなかった」とされています6。しかしながら、早期の段階でこの問題に取り組んだことで、当事者が提出した特定の効率性の主張について、その説得力を評価し、ガイダンスを提供することができたと委員会は認識しています。このことは、委員会が事前届出の段階で「効率性に関する対話」に応じる用意があることを示唆しています。したがって当事者は、取引の目的の一部として、早期に利益理論を特定し、立証するよう努めるべきです。

本ガイドライン案は、2026年6月26日までパブリックコメントに付されています。このパブリックコメントが最終案にどのような影響を与えるかは未知数ですが、大幅な変更が加えられる可能性は低いと考えられます。委員会は、2026年末までに本ガイドラインを最終化し、採択する意向です。

1 https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/es/ip_26_918

2 M.8677号-Siemens/ALSTOM事件、2019年2月6日付規則(EC)第8条(3)

3 レッタ・レポート「Much More Than a Market(単なる市場を超えて)」(2024年4月)

4 ドラギ・レポート「The future of European competitiveness(欧州の競争力の将来)」(2024年9月)

5 M.10494号およびM.12052号事件

6 M.11295号Airbus/Air France事件をご参照ください。https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/mex_26_916

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